ブログ

 
6月には大河さんの
30歳の誕生日があります。
なので少し早いですが、
お祝いをしてきました。
 
大河さんがすごしてきた30年間は
フィクションかと思うほど
波乱が多くておもしろく、
つい子どもが絵本をねだるように
「あのときの話が聞きたい」と
お願いしてしまいます。
 
今日はせっかくなので
私のお気に入りの、
ある愛と死の話をします。
 
今日から約13年前、
大河さんは大学2年生のころ
ある女の子と出会います。
彼女は当時の大河さんの
好みにドンピシャ。
かわいらしく、ふんわりして
穏やかで、女の子らしい女の子。
ほとんど一目ぼれのような状態で
彼女のことを好きになります。
 
彼女はなんと、
大河さんの友人の彼女の友だち。
ややこしい文章ですが
友だちの友だちという
決して遠くない関係です。
チャンスと言わんばかりに
友人カップルを巻き込み
ダブルデートで距離を縮め、
ほどなくしてその恋は実りました。
 
私が言うのもなんですが
大河さんはかなりモテます。
誰にでも分け隔てなく優しく、
気づかいができて利発的。
スポーツができて
リーダーシップもあるのに謙虚。
正義感が強すぎる時期もあり、
同級生からは煙たがられつつも
生徒会長を務めたこともあったので
下級生からの人気は絶大でした。
しかも本人がモテていることに
気づいてないのがまたよし。
 
なので大学に入るまでに
お付き合いした女性はいたのですが
どの人とも長続きせず、もって半年。
デートらしいデートもしないまま、
メールもしなくなって
やがて自然と破局していく。
中高生なら学校が違えば
そんなもんですよね。
 
大学生になって
もう少し大人になった大河さんは
理想の女の子とお付き合いし、
デートを重ねたり
誕生日やクリスマスなどの
イベントを経験し、
順調で健やかに交際していきます。
 
「付き合うってこんなに満たされて
 あたたかくしあわせなことなんだ」
毎日がしあわせで愛おしく、
白雪姫の小人さながら
アルバイトにも精が出る。
 
そんなある日、彼女から
1通のメールが届きます。
「元彼から復縁の連絡もらった」
「少し考えたい、ごめんね」
 
彼女は大河さんと付き合う前、
大河さんがその子に持つのと
同じほどの熱量で好きな男性がいて、
その気持ちはややもすれば苦しいほど。
願いが通じて彼女はその男性と
交際したものの、振られる形で破局し
やがて大河さんと出会いました。
 
彼女の名誉のために書くと、
彼女は決していい加減な気持ちで
大河さんと付き合ったのではありません。
傷ついたなりに克服し、
大河さんにも真摯に向き合い、
笑いあい、愛情を育み、
ふたりはたしかにしあわせでした。
 
それでも今を塗り変えられない、
強烈に鮮やかな過去もあります。
 
彼女からの連絡は途絶え
眠れない夜をすごします。
大河さんもやはり、苦しいほどの思いで
彼女を好いていたのです。
「このまま彼女からの返事もなく
 僕らは終わってしまうのか」
そう疑うには十分な時間が経ち、
届いたメールには「ごめんね」。
 
すぐに自転車を飛ばして
彼女の元へ向かいます。
このまま顔も見ず終わってたまるかと。
 
話がしたいと彼女と約束し
向かったのは夜のカラオケ。
憔悴しきったふたり。
声を出すのも目を合わすのも
怖い時間のなかで、大河さんが
聞いた「どうして?」。
返事は詰まりながらも簡潔で
「元彼から復縁の連絡をもらって、
 すぐに大河くんがいいって
 即答できなかった。だから」
というもの。
説得しても意味がないと
思わせるのに十分な、
明らかな意志を持った言葉です。
 
この夜大河さんは、
大切な人に選ばれないという
自尊心を深くえぐられる経験をします。
自尊心は暗く冷たい影の中で
冷え、縮こまり、からだに
自暴自棄な態度を取らせます。
 
大河さんが
命を投げうとうとするのは
時間の問題でした。
 
振られてからの大河さんは
食事をすっぱりとやめ、
1滴も飲めない酒を
大量にあおって
急性アルコール中毒に。
夜中3時のお手洗いで
倒れているところを
弟さんが見つけました。
それでも死のうと食事をせず、
絶食4日目に母親の泣きの説得で
「食べればいいんでしょ」と
4日分の食事を一度に取る。
次の日も、その次の日も。
 
拒食が終わると同時に
ストレス性の過食が始まり、
相応の体重になっていく。
その後も他の女性と付き合っても
満たされることはないまま、
半年程度付き合ったころに
「つまんない」「優しすぎる」
という理由であえなく振られる。
自尊心は修復されることなく
削れたまま過食、過食、過食。
箱買いしたスニッカーズを
1日で食べきり、
サイゼリヤで2,000円分の食事を
ひとりで一度に食べる日が続きます。
当然不眠症にもなっていて、
3時間続けて眠れれば上出来。
夢も希望もなく、投げやりな人生です。
 
かつては
「自分の子どもがこんな家庭を
 築きたいと思えるような
 あたたかい家庭を築きたい」
と願っていた大河さん。
会社員になり、人生の目標が
「30歳で過労死か
 出張の飛行機事故で
 労災をもらって死ぬ」に
変わってしまいます。
「出張での飛行機事故は
 労災と保険と賠償ですごいんだよ」と
話してくれたのをまだ覚えています。
 
体調は相変わらず不調で
会社の冷蔵庫に2個パックの
ケーキを入れておいて
業務中に食べたり、
相変わらずスニッカーズを
箱食いを続けていたので、
酒を1滴も飲めないのに
入社2年目の健康診断で
脂肪肝と診断されました。
過労死のために
積極的に残業もする。
私と出会う日まで、
そのやみくもな行動は続きます。
 
この一連の話を聞くたび
「本当によく生きててくれたな」
と感動を覚えます。
何かが少し違っていれば
本当に死んでいたかもしれない
可能性がそこかしこにあって、
それでもこうして生きている。
「僕は死のうとした時期がある分
 同年代よりも死という恐怖と
 うまく付き合えてると思う。
 だからそれは僕の強み」
とまで言えるようになっています。
 
大河さんは人生における
哲学のテーマをふたつ
抱えています。
 
それは愛と死。
 
愛するとは何か、
死とは何か。
 
若いころに精神の
深い底まで沈んだ経験が
今の大河さんを
より高いところへ
連れていってくれる。
「愛は不断の努力だ」
そう言って大河さんは
私を愛するための
努力をやめないし、
死ぬまでの時間を楽しむために
奇跡の上に成り立つ「今」を
精一杯生きています。
私はそんな大河さんを
心の底から尊敬しています。
 
あんなに過労死を
願っていた人が、今では
「健康のために食事に気をつけないと」
「ダイエットしないとな」
なんて言いながら緑黄色野菜を食べ、
残業を減らそうと転職もした。
「最近どう? 生きてて楽しい?」
私が聞くとこう返ってきます、
「かなりおもしろいよ、いい感じ。
 生きるって楽しいね」。
 
あの日死なずに
生きていてくれてよかった。
出会えてよかった。
 
そう思える人と
ともに暮らし、
結婚できるしあわせを噛みしめて、
この場を借りて大河さんに言います。
 
大河さん、誕生日おめでとう。
これからも一緒に
いい人生をやっていこうね。
 
紗季
—————————————-
「つけるたび、もっと自分を好きになる」
 
日曜日 nichiyoubi
 オリジナルアクセサリーブランド
 初めてスワロフスキービジューをつける方向けの
 アクセサリーを作製しています。
 
 鎌倉でアクセサリー教室も開催中。
 
Instagram
 
ショップ
—————————————-
 

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。