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自分らしく生きる女性を祝福するライフ&カルチャーコミュニティ”She is“への寄稿文。

母方の祖父が不動産詐欺にあって何千万のお金を溶かした。

祖父は前立腺がんや白内障にかかっており、歩くのも杖が必要だ。車の事故も自損で何回かやり、数年前に免許を返納している。週何日かヘルパーさんが来て、洗濯をしてくれたりおかずのつくりおきをしてくれる。さすがに通院まではお願いできないのでそれには母が行く。母には弟がいるが、会社員をしているので祖父の世話は母に任せきりになっている。

通院は3ヶ月に2回ある。病気にあわせて病院が異なり、タイミングによっては1ヶ月に2回行くこともある。母と私が住む家から祖父の家までは往復約8時間、金額にして約1万円。病院には他の患者も多く、予約をしていても文字通り1日がかり。母はだいたい通院の前日に祖父の家に行き、ご飯のしたくをしたり洗濯をしたり、冷蔵庫のものを買い足したり、祖母のお墓をきれいにしたりする。ときには祖父に頼まれてお歳暮やお中元やらの準備もする。そんな生活を何年かしていた。

ある日、母がいつのもように祖父の家に行きこまごまと家事をしていると電話が鳴った。母が取り、応答すると不動産会社だと言う。何の用件だろうと詳しい話を聞こうとしたら「ご本人様(祖父のこと)と話をしているので」と切られたという。これがきっかけで不動産詐欺のことがわかった。

詐欺にひっかけてきた人は20~30代男。月に何度か訪問してきて、顔をあわせて話すうちに祖父はその人のことを信用してしまったのだそうだ。被害額はそれなりだったが家の権利書などはいじられていなかったこともあり、お金だけで済んだとも言える。母が祖父にきつく言って終わった。次にこういうことがあったらすぐ連絡するように、とも。

2回目はたしか家の中に知らない不動産会社からの封筒があって発覚した。1回目があってから1年経つかどうかである。
その1年の間も母は通院につきそい、変な人が訪ねてきていないかとか妙な電話がないかとか聞いていた。祖父は「何もないよ」と返していたので母の警戒が少しゆるんでいたころだった。

「この封筒何?」と母が聞き、祖父は言いよどむ。
中をあらためると案の定。また同じように訪問され、つい気を許して家に上げてしまい、また信用して判をついてしまった。祖父は完全に鴨になっていたのだ。

母は翌日の通院を終えて帰宅し、こう言った。
「病院の世話を何年もしてきた実の娘よりも、ぽっと出てにこにこ話聞くだけの人が大切だって言うの」
「ちゃんと帰って変なことはないか聞いてたのに嘘ついてたってことじゃない」
「通院のたびに帰るお金だってくれないのに、見ず知らずの人にはあんな大金出すんだ」
「情けない」
泣く母を見たのは何年ぶりだっただろうか。
1日がかりで通院を終えて、深夜にやっと帰ってきた母にどうやって相槌を打ったのかは覚えていない。ただ母の話を聞き、そのうちにふたりして眠ってしまった。

翌朝、少し落ち着いた母が言う。

「不動産の封筒見て、父さんの話を聞いて、頭に血が上っちゃってね。父さんにもう知らない、病院だってひとりで行って、その不動産の人に連れてってもらえって言ったの。次の日起きるでしょ、そしたら父さんが静かに起きてきて背中を丸めてタクシー会社に電話しようとしてるの。もう見てられなくて、結局ママがタクシー呼んで病院もついて行ったの」これはまさしく家族だと思った。家族は信頼の塊であり、信頼は弱みにもなる。

さんざん世話をしてくれている子どもに気をつかわず、見ず知らずの人間を信用して大金を渡した祖父。自分が今までしてきた献身を「当たり前のこと」と思われていて、心配の声を聞き入れてもらえなかった母。
実父に大きな嘘をつかれたにも関わらずその人を見捨てられない母。
孫の私から見ると、ふたりは情で付き合っている長年の恋人のようだ。
「もう別れたら」と言ってみても「でもいいところたくさんあるんだよ。あの人もいつかわかってくれると思う」と返ってくるような。「いいところがたくさんある人間がそんなことするか」と正論をかざしたくなるような。母は優しすぎる人だ。

2回目の詐欺が発覚してもうじき2年が経つ。母は先週も通院につきそった。祖父のことを許したのかはわからない。無理して気にしないふりをしているのかもしれないし、時間が気にすることをやめさせたのかもしれない。

ただ、もし母が祖父のようになったとき、私は母を見捨てられないだろう。祖父を見捨てられなかった母の優しさはこの血に溶けている。

今年の冬に、私は夫となる人物と籍を入れる。いつか彼との間に子どもが生まれるのであれば、どうか私のことを見捨てられる、優しい人間に育つことを願う。

紗季
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